3月25日、博多でのリサイタルについて
藤井眞吾


 博多の九州キリスト教会館にある礼拝堂は私にとって思い出の深いところです。フ ォレストヒルのプロデュースによって、これまで数々博多では演奏して参りましたが 、その最初の演奏会、すなわち私の「博多デビュー」がここでの演奏会だったからで す。

 3月25日に再びこの会場で演奏会を致します。そのことが決まったときから私の頭 の中には様々な記憶が走馬灯のごとく過りました。十数年前の演奏会のこと、またそ れからの私の演奏活動のことや、博多の沢山の友人達とのことなど、まさに無数のこ とが。そう言った中で、どんなプログラムを演奏しようかと考えることは、いつもに も増して特別なこととなりました。

 私にとって、演奏会で取り上げる作品というのは、ある意味で「特別なもの」で、 それは演奏家であれば誰でもそうなのではあろうけれども、そういった長い時間のプ ロセスからこの演奏会を考えようとしたとき、「特別」を通り越して、私の能力や勇 気では打ち勝てない何かに負けてしまいそうに感じた時が在ったことも否定できませ ん。

 ブローウェルの「黒いデカメロン(1981)」という曲は、実は件の「博多デビュー 」でも弾いているはずなのですが、未だにこの曲は私にとって新鮮で、大好きな曲で す。数年前にフォレストヒル・レーベルからこのタイトルによるブローウェルの作品 集を一枚のCDとしてリリースしてからも、勿論数えきれないほどの演奏会で演奏して いますが、今回はこの曲に含まれる三つの楽章を、個々に独立して演奏し、前後にそ の他のブローウェル作品(様々な時期の)を配し、言わば「ブローウェルの世界」み たいなものを描いてみようと思っています。「黒いデカメロン」はL.フロベニウスの 編纂したアフリカ民話集に含まれるひとつの物語に準拠したバラードですから、三つ の楽章は明らかに関連し、一貫したストーリーの展開を持っています。ですから本来 連続して演奏されるべきなのですが、この曲の中で作者が試みているギターの扱い、 音響の新たな試みは、ブローウェルという作曲家を考えたとき、大きな過渡期に存在 する曲で、それまでの代表作「舞踏礼賛(1961)」や映画音楽「11月のある日」など とは明らかな隔たりを感じさせます。しかし私はそういったスタイルの変遷を認めた うえで、80年以降の「簡素な練習曲集」の第2弾となる「練習曲11番〜20番」や、キ ューバの民謡の編曲などとさえ相通じる「Brouwer-ism ブローウェル主義」みたいな ものをそこはかとなく感じており、またそのことがいつもこの作曲家の音楽を演奏し たときに心地よく感じる要因であると思っているのです。

 例えば第1曲「戦士の竪琴」と「11月のある日」には《ロマン的なもの》を、第2曲 「恋人達の谺の谷からの遁走」と「舞踏礼賛」には《モダニズム》を、終曲「恋する 乙女のバラード」と「キューバの子守歌」には《形式美》を感じずにはいられません 。またこの終曲と「練習曲 第16番」「練習曲 第17番」にはほくそ笑みたくなるよう な《親和性》があります。こうしてみたとき、ブローウェルが1980年に入って「黒い デカメロン」をもってして、それまでの60年代、70年代の実験主義と健全な訣別を遂 げていったことがわかります。演奏会の第1部ではその他にブラジルの作曲家、ペル ナブーコの良く知られた作品を2曲演奏しますが、これは私自身の南米のギター音楽 全体に対する一種の《オマージュ 讃歌》です。

 演奏会第2部ではバロック音楽の大家、J.S.バッハの音楽です。これは私がここ十 数年挑戦しているひとつのジャンルですが、今回は無伴奏チェロ組曲の第1番 ハ長調 (原曲=ト長調)と無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番から「シャコンヌ ハ短 調」(原曲=二短調)の二つです。通常ギターで演奏される編曲とは調性も違います し、勿論私自身の編曲なのですが、それは何故かというと、私はギターによるバッハ の編曲には常々大きな不満を感じていたからなのです。編曲という作業や、編曲して 演奏することの意味が「原曲の90%」であっては、全くいけないことだと思うのです 。あえて編曲し演奏するということは、あらたな楽器、あらたな表現手段によって「 100%以上」にならなければいけないだろうと思うのです。既成のの編曲にはそれを 見いだすことが出来ませんでした。こういった調性を選んだことも、そしてこの曲の ために7弦ギターを用いることも、私にとっては避けられない方法なのです。無伴奏 チェロ組曲の第1番は六曲ある中で、もっともシンプルなものですが、その純真無垢 で天真爛漫な美しさはギターによって一層高貴なものになるように思えます。「シャ コンヌ」は言うまでもなくバロック音楽の、そして変奏形式を持った作品の最高傑作 ですが、この曲がまさにギターのためのオリジナル作品のように生まれ変わることに 私は腐心しました。