6月6日から9日の4日間の日程で、韓国・釜山において、当ミュージックアカデミーギター科主任講師の中野義久先生のコンサート(2夜)が行われました。これは、釜山で活動しているギタリスト、ソ・スンワン氏の招きによって実現したもので、この4日間マネージャーとして同行した濱砂が、レポートしました。

6月6日、午後3時30分発のビートル(高速船)に乗るために、中野先生と私は博多埠頭に余裕で到着した(つもりだった)。 最終便だというのに、受付はかなり寂しい感じ。??よく見ると、『本日の受付は終了いたしました』と看板がある。?? 「(濱砂)すみませーん、 最終便に乗りたいんですけど」「(受付)えっ!」「(濱)まさか!船出たんですか!」「(受)いえ、まだ出発時間がきていませんから。。。」


中野先生と徐氏

どうも、様子がおかしい。受付にいた3人は、かなり慌ただしく私達に対応している。ちょっと心配になって「(濱)何時までに受付しないといけな いんですか?」「(受)出発1時間前です!」ぎょっ、すみません、出発20分前に(余裕だと思って)到着した2人組でした。 どうやって出国したのかわからないくらい、走ったり、まわりの人にぶつかったりしながら、船に乗り込んだ。 出発が遅れたのは私達2人組のせい だとは思うが、


中野先生と濱砂

それはそれ、のんびり3時間の船旅を楽しんだ。釜山港に到着(入国)すると、SARSの検査がまず行われた。殺風景な税関を 抜けると、今回の釜山公演を企画して下さった、徐承完(ソ・スンワン)氏が、ガラスのドアの向こうで笑顔で手を振ってくれた。 彼は、釜山在住のギタリストで、「バッハ・ギター・スタジオ」の主宰者であり、釜山ギターフェスティバルオーケストラの代表者でもある。


サイン攻め

徐氏とのつきあいも4年くらいになるだろうか?今回中野先生が演奏することになったのは、徐氏の奥様が日本人で、弊社の噂を聞きつけてお二人 で来店されたことからのおつきあいで、その後、弊社の企画に何度も参加して頂いているうちに、中野先生の実力を見込んでくださって白羽の 矢が立ったのでした。我々2人組の宿泊先は、海雲台(ヘウンデ)というところで、『ヘウンデビーチ』という有名な海岸があり、夏はかなりの人出 のあるリゾート地だそうだ。

到着してすぐ、「(徐)夕食を食べましょう、焼き肉は大丈夫ですか?」。徐氏が、日本語を話してくれるので、2人組 は海外というのに、まるで緊張することもなく初日から楽しむことができた。2日目は、いよいよコンサート初日。ホームコンサートということもあり、 リラックスした雰囲気なのだが、お客様は、医科大学ギタークラブOBの集まりとのこと。今までもこのお宅にギタリストを何人も呼んでいるそうで、 その中には、9月に弊社が予定している、世界的女性ギタリスト、“マリア・エステル・グスマン”も入っていました。(彼女の韓国ツアーの中で、 釜山ではこのホームコンサートしか行わなかったそうだ。)


ホームパーティ

中野先生の演奏は、いつもどおりの安心して聞けるものでした。先生が韓国語で自己紹介 を行ったことが、お客様には日本からやって来たギタリストに、より親近感を感じていただけたようだ。時おり、曲にあわせてリズムを取ったり、体を動かしたり 、みな満足げだ。私としては、クレンジャンスがいい感じに思えた。終演後、CDの販売&サイン会も行うことができたのだが、韓国では村治佳織の CDが1400円で売られているのに、弊社のCD(「この道」ソプラノ:澄川孝子 ギター:中野義久)は1枚3000円の定価。最初から苦戦を強いられてしまった。


ホールの入り口

しかし、「郷にいれば郷に従え」状態で販売したところ、ありがとうございます、ほぼ全員の方に買って頂きました。サイン会の後は、部屋を替えて 打ち上げパーティー。ホスト役の奥様の手料理を頂きながら、中野先生が演奏したり、お客様が演奏したり、楽しい時間を過ごした。 「どうしてそんなに大きい音が出るのか?」という質問感想が一番多かったように思えた。実際、今回打ち上げの場で聞かせていただいた 韓国の方の演奏の多くは、表現したい心はあるが、技術が伴わず空回りしている印象があった。「ギターの音がとてもいい」という感想もあった。 『大丈夫です、私の店で売っていますよ。』ちなみに、中野先生のギターはスペインの名工「マルセロ・バルベロ・イーホ」です。

3日目は、“カラムアートホール”という会場でのフルコンサート。この日は、サッカーの国際試合で、“韓国対ウルグアイ戦”にもろブッキングしてしまい、 主催者の徐氏は、サッカーにお客様をとられることをかなり心配していたが、博多からやって来たギタリストに、予想に反してたくさんのお客様に ご来場いただいた。こんなに集めていただいて徐さん、本当にありがとうございました。中野先生はもうすぐ開演時間だというのにギターを練習するよりも “とっさの韓国語”の本を読む方が多いように思われた。『先生、韓国語の練習はいいからギターの練習をしてください!』この日も、 韓国語を駆使(?)しての挨拶や、解説もあり、ここでも又、お客様の心を引きつけた。

本日の演奏では、グラン・ホタが特にうけたように思えたし、 演奏のクオリティも、曲を追うごとに尻上がりに上がってきた。『先生、さすが!』アンコールでは、釜山のギター製作家によって作られたギターで演奏。 製作家の熱意はとても感じられたが、なによりも感性をどんどん磨いてほしいと感じた。終演後は、プログラムにサインを求めるお客様の長蛇の列ができた。 ヨカッタ、本当にうけたんだ。。。いつものようにスタッフの方や、ギター関係者との打ち上げ。ここには、韓国でアランフェス協奏曲を初演されたという大先生や、 日本人会の方もお見えになってくださった。楽しく過ごした後2次会へ。


中野先生と韓国焼酎

やはりギター関係者の主催ですから、2次会は徐氏のギタースタジオへ。 そこには、学生たち(彼らは打ち上げに参加するお金がないので、教室で待っていたのだ)がたくさん迎えてくれた。韓国焼酎を飲みながら、 大先生、学生関係なしに順番にギター演奏。みんな熱い!む?どこかで見た光景だ。そうだ!フォレストヒルもこんな感じ!フォレストヒルも打ち上げから 演奏家と戻ってくると、若いギタリストたちが迎えてくれる。


キムチに囲まれて

ギターを愛したり、ギターを通して表現する心を持っているのは、どこへ行っても同じなんだと改めて 痛感。違和感なく韓国での最後の夜を楽しんだ。一人去り、二人去りして最後に残った有志で記念撮影。我々2人組を送り出した後、彼らは朝まで この日のコンサートの余韻をギターと仲間で共に分け合ったそうだ。。。これもフォレストヒルと同じ、熱い人達だと感じた。

最終日4日目は梅雨入りで船が欠航するかもしれないという噂。欠航しても構いません、もっとキムチ食べたい。。。帰り際に、徐氏から 「中野先生の演奏が素晴らしかった。今後もこのシリーズを続けたい」との言葉。徐さん、ありがとうございます!中野先生もいい演奏ありがとうございます。 中野先生と、徐さんのおかげで釜山と博多を巻き込んでおもしろいことやっていきたい!やります!と心に誓って釜山をあとにした。 今度は1時間前に釜山港にも到着、今度こそ余裕、余裕。
(濱砂恵子)


余裕の笑顔